ボリビア旅記

「戦わないための口実は、いかなる時期にも、いかなる環境のもとでも、常にありあまるほどある」

―――『ゲバラ日記』チェ・ゲバラ 真木嘉徳訳 フィデル・カストロ「必要な序文」より

10MAR2005, Thu

サンタクルス

サンタクルスに3時間半遅れで到着、ラパス行きの便は、もう出発したようなので、スクレ行きの便を探す。空席あり、US$47、あとUS$10でファーストクラスを利用できる、とのこと。利用しない。

空港ビルを出て、左手に進むと、タクシーの運ちゃん御用達というカンジのレストラン。となりテーブルを指さして、同じものをくれ、と頼む。レバー卵とじ炒め定食、のようなものBs.7、チチャBs.1、ニッキの香る、少し酸味のある飲料。去り際、みんなしてこっち見てる、手を振った。

両替、US$200=Bs.1602、US$1=¥107だったので、Bs.1=¥13くらい。

スクレ

ホテル、レストラン、どこも英語をしゃべらない。スペイン語が必要。数字は100まで覚えよう。ただし、カタカナ発音で十分に通じる。

Hostal Charcas、3ベッドのシャワー付きの部屋、Bs.65、朝食は別。温シャワー使える。2泊するか?

空気は薄い気がする。特に症状はない。

インディヘナの人たちが居る。女の人の三つ編みと体型が印象的。肩と腰が広くて、足がストン。小さい子も連れて、生活している。

ひと眠りして、夜10時すぎに散歩。レストランPlazaに行くも、食事時間はすでに終了。チューフライを頼む、Bs.8。Y先生とこで飲んだのと同じような味。

11時に閉まるのか? ホテルの扉が閉まってる。呼び鈴押して、開けてもらう。気を付けよう。

星がよく見える。天の川、はじめて見たよ。オリオンとシリウスが変な位置に。
11MAR2005, Fri

6時ころ、空、白み始める。家事も始まった模様。

ホテル朝食、コンチネンタル、Bs.6。

高台の方へ歩く、見晴らし良好、西洋人の婦人に話しかけられる、仏語をカタコト。

町中に、ヒゲの人がほとんどいない。おれはヒゲ。

織物の博物館を見学、この美的感覚、あんま共感ないなあ。タラブコのより、JALQ'Sの赤と黒の模様が、こわくてイイ。

昼食、アルメルツォ(昼定食)初体験。手頃でよし。Bs.9.50、発音は"ヌエベ・シンクエンタ"。安いなあ。

話し相手がいないと、つまんないなあ。思ったこと頭の中だけ巡らせとくのは、どうも不健康。

チェ・ゲバラのおみやげグッズを見かける。

「温泉」とか「スポーツクラブ」とか、妙な日本語をそのまま残したマイクロバスを見かける。日本で走ってた、というのは、価値を感じさせるんだろうか?

見かける日本ブランド"TOYOTA"、"NISSAN"、"MAZDA"など、"PANASONIC"、"FUJIFILM"、"CANON"など。あと"AJINOMOTO"、これ発音ちがった。小包装の、Bs.1買う。

Jugos de Limon(レモン・ジュース)、Bs.1.50、うまい。ミルク入れるんだよね。

少年に靴のソールを磨いてもらう、Bs.3わたすと、よろこんだ。

ボリビアの人たち、ひかえめな印象をうける。値段交渉をする気があまりおきない。そもそも安いし。

アルパカっぽい細工の銀のしおりを買う。ゲバラ日記、読むのにちょうどいい。Bs.28→Bs.25。

宿のおばさん、おれの名前を発音するのが楽しそう。

なんか不意によくSのこと考えてる。

不意に声をかけられることが少ない。日本人は珍しいか? アジア人を見かけない。

夜9時、外はまだにぎやか。

Cafe and Restaurantで晩ごはん。サラダとハンバーガー。Bs.24。あと、ピーチジュースwithミルク。ハンバーガー、要素は同じなんだけど、別物。パサパサしてあんまうまくない。

同店にて、ギターのフォルクローレを聴く。声がいまいち。イパネマの娘など。 ピザとかホットドッグとか、道端で売ってる。ピザはラップされてるのを焼くだけらしい。

宿で、どこ人だろ? 4人で水タバコを吸っている。

水、アグア、買う。ミネラール。Bs.1.50。

スペイン語、はなせると、だいぶちがうだろうなあ。ことは足りてるし、快適だが。

便がゆるい。まあ、いつものこと。

南十字星、かな。
12MAR2005, Sat

フリース着て寝たら暑い。3時と5時半に目が覚める。6時くらいに起床。眠気はない。きのう夕方よく寝たし。

朝食ホテルで。注文の要領は覚えた。女の子、コーヒーの扱いがぞんざい。ぽいっと。コカ茶は丁寧だったが、好みか?  部屋を案内してくれた、掃除の女の子と何事かしゃべって笑ってる。にしても、どこか晴れない感じの笑顔の子だったな。

ちょっといい話。訊いても分かんないだろうとは思いつつも、フロントの兄ちゃんに、「バスターミナルはどこか?」とか聞く。 果たして、答えてくれるんだけど、あんま理解できない。地図で位置を教えてくれる。"aqui"アキ、は「ここ」の意味だろうな。 タクシーでBs.4〜5という話。

で、あとで、チェックアウトして、ホテル前でタクシーに乗ると、運ちゃんが「おまえ、ガクローだろ?」とか言う。 びっくりして理由をきくと、どうもホテル兄ちゃんが呼んでくれたらしい。うれしかった。

バスターミナル、着くや否や「ポトシ?」と訊かれ、荷物を預けさせられ、チケット渡され、おお、手ぶら。不安。Bs.15。

無事に自分のバックパックが載っかってるバス発見。乗り込んで出発。道中あっちこっち止まる。途中乗り込みと、料金所。となりインディヘナばあちゃんと、赤ちゃん。汗染みっぽい匂いがきつい。

バス車中、インディアンぽい顔立ちの女性が立ち上がり、何事かのべ始める。すわ、政治活動か、と思いきや、しばらくのべ連ねたのち、 「家庭の医学」みたいな本を鞄から取り出す。物売りか。

道中きになったもの。サボテンの花が大きく一輪なこと。"NFR"だったかな、カモメっぽいマークと共に描かれた大きめの石がときどき。道路封鎖に使われるやつかな? 川と地層と、鉱物のとれそうな風合いの山。

ポトシ

ポトシ着。タクシーでホテルへ、Bs.5。Hotel El Turista、フロント英語がかたこと通じる姉さん。助かる。 鉱山ツアーと、レストラン情報。部屋はシングルがなくて、ダブルBs.70。きれい、具合良さそう。

教えてもらったレストランへ。途中のプラザで、制服のおっさんに呼びとめられ、ビクビクしながら近づくと、単に話したいらしい。 英語少し話す。日本人に見えないとか言われる。

レストランで、初、日本人男女2人。青年海外協力隊員らしい。政情と道路封鎖とウユニツアーの話をきく。 「がんばって下さい」と。

レストラン、本日のメニューBs.18、鳥肉がうまい。トウモロコシの粒がやたらデカイの食べる。ボリューム感。

旧造幣局の見学。タイミングよく、英語のツアーが始まるところ。「日本人でしょ、でも英語うまい」とか言われる。 いやあ、英語たすかる。イミが分かる! ガイドのおばちゃん、ポトシの悲喜劇を淡々と、ハードボイルドだった。

来年から、昔の設備で記念コイン作りを始めるかもって。雰囲気重厚で見応えあった。 作った貨幣を本国スペインへ送るための箱が。趣味が悪くてモノホンぽい。カッケー。

空気はうすい。よく息切れを感じる。寒さは大したことない。雨。

シャワー温水なんだけど、湯量が少ない。あと、コックの金具に触れるとビリビリする。甚だ驚く。

テレビ、Gacktとhydeのアホ映画やってる。字幕スペイン語なんだけど、中国語まじっててあんま勉強ならん。
13MAR2005, Sun

3時ころ目を覚まして、ゲバラ日記とロンリープラネットのポトシの章を読む。

6時半ころ、教会の長い鐘の音が鳴り響く。高低の違う音が複数、カンカンコンと威勢良く。働く町、という風情。

換えの電池と充電器は重宝している。

ホテル朝食8時からっぽいので、散策。地図では川になってる所が、大きなコンクリのパイプで、驚いた。サイバーだな。

"ABOGADO"って何だろ。町中の表札でよく見かける。(後日、法律家の意と判明、アボガド屋ではない)それにしても、息が切れるなあ。寒さは丁度、今の日本くらいだ。

朝食、デサジューノ、Cherry'sにてBs.11。パンがサクサクと軽いねどこも。目玉焼きとバナナジュースうまい。

ホテルおすすめのツアー会社が、日曜のせいか閉まってて、まさに車が出ようとしてたSilver Tourというとこの、鉱山ツアーに参加。 日本人男性1名一緒。

長靴、ズボン、ジャケット、ヘルメット、ヘッドライトを借りて。また、商店にて鉱夫"Miner"へのおみやげ、ということで Bs.10で、コカの葉と、ジュース。あ、ツアー自体は、Bs.80。

鉱山への入口にて、門番の人に賄賂よろしくコカの葉を渡していたが、無事に坑道入口まで到着。

坑内の移動は、なかなかタフ。せまい、足場悪い、急に穴、とか。いやー、でもおもしろいもの見たよ。 本気で、カキンカキン、ダイナマイトを埋める穴を掘ってるところとか。「ディアボロ」の像とか。 鉱山では、悪魔が全てを支配しているそう。運も、安全も。外に出たらクリスチャンらしい。

採掘に機材を使うと、仕事は早いけど、ほこりが出るとか、高いとか。いいことばかりではないらしい。

2週間で10トン、これでBs.1000くらいと。

6時間、コカの葉だけ、をガイドがやたら強調する。働くのは、18才から、ということになってるけど、休暇の 子どもが手伝いに来るらしい。肺など、健康のダメージに応じて、保障があると。引退後はスクレなどに移住も多いらしい。

ダイナマイト1発で壊せるのは、1立方メートルくらい。点火から2,3分で爆発。午後2時とか、発破の時刻が決まってるらしい。

鉱脈に沿って掘るものらしい。現在、16層くらいあるとのこと。ラピュタまた観たくなったなあ。

ガイド、ウユニツアーもやってる、とのことだが、勝手が知れてそうな現地ツアーに参加しようと思う。 ツアーの感想を、他の日本人用に書いて別れる。

町のあちこち、キリストの祭壇のようなものを設えている。楽隊の音の方へ向かうと、ラテン風に賑やかなパレード中。写真を撮りまくる。

カメラに興味の女の人と会話。カメラの値段、Bs.4000と教える。娘らしい人に、出身を英語で尋ねられる。 ハポネス(日本人)と答えると、得心したふう。握手。

昼食、アルメルツォ、スカイルームというレストランにて。Bs.12。テレビでサッカーの試合を映してる。

スクレよか、いくらか都会風だろうか。服装などの点で。わずかにそう思う。

再びパレード見物。楽隊のシンバルの男の動きが、ノリ良くて、やたらカッコよい。なぜか菊地成孔を思い出す。

周りの人と同じく、頭に紙吹雪を散らされる。まんざらでもない。参加してる感にウキウキする。

教会を巡って歩くが、どこも閉じている。公園でグレープフルーツジュース、Bs.2。フランス人か? ときかれる。 やや頭痛がする。ツアー後から。

プラザ近くでネット。ヤフーBBSでボリビアの政情について。あと自分のBBSとはてダに書き込み。メール、個人宛は0通。つまらん。 30分くらいで、Bs.2.5。周りはネトゲばっか。万国共通の景色だなあ。

ホテル戻り、シャワー、デジカメ写真の回想。パレードの動画は、音が割れてる、やっぱ。でも、動き、おもしろいわ。 鉱山の動画は、音もきれい。音量の問題か?

ゲバラ日記すこし読み、眠ろうにも、眠気なし。頭痛は去ったので、お茶しに外へ出る。夕焼け美しい。黄金色。西に細い月。

Cherry'sでお茶。トルテは売り切れ、ブラウニーとコーヒー。コーヒーは面白味ない味わいだが、ブラウニーは、しっとり 軽めでわりとウマイ。向かい卓の女の子、男の子、かわいい。スパニッシュだな、顔が。

そいや、今日のツアーの男子といい、昨日の男といい、なぜか「がんばって」と言われるなあ。たぶん、おれ、年上で。 経験もわりとあるんだが。ま、いいけど。

Cherry's、ずっと洋楽だなあ。あと、どこで何を頼んでも、追加で何かしら訊かれるなあ。日本でも、か?

鉱山追記。硝酸アンモニウムを混ぜると、ダイナマイトさらに威力が増す。売店では、子どもも観光客も、ダイナマイトが買える。

Cafe Cultural Kaipichuにて夕食。フォルクローレ聴けるみたい。さっきから、練習ずっと聴いてるが。本番何時だろ?  とりあえず、トマトスープ、めっぽうウマイゾ!! アスパラガスのパスタは茹で加減いまいち、塩が濃い、チーズが 市場の匂いで、あー、なんかダメ。トマトづくしが良かったかな、アニス茶でながしこーむー。

で、結局その練習とも本番ともつかないフォルクローレを、お客ひとりで聴く。どこ人か訊かれる。これ、多いな。

CDの値段を勘違いする。値引きしてBs.50になるも、釣り銭の手持ちなし。待つ間、昼みたパレードの話など。 定価のBs.60払う。いい経験だ。

鉱山追記。ディアブロに純度の高いアルコールを捧げるのは、純度の高いシルバーを得たいため。他、ラマの血を捧げたりする。 事故は時々、酔って穴に落ちて死ぬことも多い。サバト的な背徳感はない。鉱石を得る→金になる、というプリミティブな生産性の感覚!

このごろ夢に出てきたもの。ブラックジャックと、その母、MとMとラーメン屋、逗子駅、HとRと逗子の海とK。 IとT、つくばの話と山手線と残飯の思い出。夢を見て、目が覚めると3時間経っている、というのが、このところの睡眠スタイル。

あ、そいや、ネット後、水を買った。Bs.1.5だったかな。日本人男女を見かける。会釈する。

今のところ、最も濃い一日。
14MAR2005, Mon

朝、爪を切る。鐘が6時半に鳴らなかったな。

平日なので往来を学童が行く。男子、女子ともに制服がブレザーにネクタイとか、きちんとした印象。

朝食、店名がインターネット・レストランかなにか。スクランブルド・エッグが、目玉焼きを崩した、みたいな様相だけど ケチャップでうまい。この調味料は偉大。

よく見かけるマテの種類"Trimate"ってのは、3種混合茶で、コカ、アニス、カモミールらしい。朝食、Bs.10。

制服のポリス?が大勢、道を歩いている。あとインディヘナな人たちが、路傍で列をなして佇んでいる。何だろ?

ラ・コンパニーア・デ・ヘススの塔に登る。Bs.5。鉱山の眺めが素晴らしい。

プラザのタクシーで、ウユニ行きバス停まで。Bs.5。「ボリビア、ボニート。ポトシ、ボニート」ボニートは「いいとこ」の意、たぶん。握手してサヨナラ。

バスチケットBs.30。例によって、Bs.100札で釣りがない。受付の男性、ジェスチャーが分かりやすい人で。10:00発とのこと。

売り場の奥のテレビでセイント星矢やってる。紫龍がデスマスクを飛ばしてた。吹き替えじゃなくて、字幕。エンディングの歌の字幕は 意味じゃなくて日本語の発音をそのままローマ字にしてた。www.saint-seiya.com.arてゆうサイトがあるらしい。

バス会社のひと、スクレよか親切に色々と教えてくれて。握手してサヨナラ。

「鮮魚」とか「ひじき、わかめ」とか書かれた車が通る。これでいいってのは、文化だなあ。

12,3分おくれで出発。ものの10分で砂利道。バスは大型。

景観は、だんだんと平坦になる傾向、サボテンとか、ラマとか、撮りたいのはなかなか、通り過ぎるのが速くて困難。

日本人男性、福岡の人と同じバス。予定は全然決めない主義と。いかにもな様子。英語うまい。

正午過ぎに休憩。スープBs.3.5。ロリポップキャンディー、Bs.0.50。

ウユニ

午後4時過ぎ、ウユニ着。バス途中、塩湖見える。なかなか、ホントに来たなあ、って印象が濃い。白くて、やたらフラットな場所。

降りてすぐに声をかけられたところ、Andrea Tours、ロンプラだとメシうまくて、宿もいいみたいなので、ここにする。 2泊3日で、木曜の電車?汽車で、オルーロに行く予定。Bs.610。

宿は予定どおり、Avinida。シャワーなしで、Bs.20。せまい部屋。寝るだけだなあ。

頭痛がする。荷物おいて散歩。市場で味の素の写真を撮ってたら注意される。

ラパスの一番ホテルに、到着が1日遅れる旨を電話。いい人っぽい。ポトシの造幣局は見るべし、って話。

レストランで、イギリス人ふたりと、アメリカ人ひとりと食事。こちらひとりでテーブルに着いていたら、"Not yet?"とか話しかけてくれて、多少の気合いで 同席願ったら、すごく歓迎されて、うれしいね。

まずは情報交換。その後、彼ら、なにか働くことの意義への意見を闘わせてて。ポヴァティラインとか、QOLとか、幸せなんて脳のケミカルリアクションとか。便利な概念があるんだな。 7割くらい通じてたように思う。道路封鎖でラパスに入れなかった話とか、中国、ベトナムのハノイの港がいい、とかの話。

イギリス人女性の方、エプソンで働いてたことあるとか。アメリカの男性、日本語くわしくて「『サヨウナラ』じゃなくて『ジャアネ』っていうね」とか。 楽しかったし、うれしかった。この日は、これが一番の出来事。

ちなみに夕食、コーンスープは、ややしょっぱい。ピザは食えるが、そんなうまくはない。Bs.27。マテ・デ・コカ含む。

ガイドブック、日本のがいいと、アメリカ人。たしかに地球の歩き方、写真はやたらに豊富。

9週間の旅なんですと。仕事は辞めて、それで、ペルー、チリ、ボリビア、残り3週間。道路封鎖は、ホント通れなくて、車を蹴ったりなんだり だったらしい。

シャワーめんどくて浴びず、10時ごろ寝る。
15MAR2005, Tue

鼻の中が乾燥して、鼻くそが固い、つまる、鼻血ぎみ。気を付けよう。

夢のこと、専攻の新授業、H先生の授業と学生、S帰国、U研でジャンプするゲーム、M電話、R。

ツアー会社のひとによると、この5年間で日本人観光客はとても多くなったそう。この先もますます増えるだろうと。TVの影響は大きい、と。

7時半、朝食をとりに外へ。昨夜の面々と遭遇、挨拶。レストランどこも開いておらず、日本人男と会う。 愛知の大学院生(春から)、栃木出身、ボリビア1ヶ月、ペルー2週間とのこと、卒業旅行。工学系、好青年。

ともに朝食。アメリカーノBs.12、オルーロのカルナバルはアツイらしい。チチカカ湖、イスラ・デル・ソル、というか コパカバーナ、やたらきれいなトコらしい。

ボリビア人はリマがきらい、とか、コチャバンバからオルーロのバスで人が死んだ、とか。話おもしろかった。 よい旅を、つって別れる。

そいや名前はきかないのが常だな。昨夜はまず、名乗ることから始まりだったが。

ボリビア人、ぼったくるとか、ないのがいい。

ホテル戻って身支度、10時出発。

日本人はケンさんで、ポトシからのバスで会った人。フィンランド人がふたり、カティとマルコ。さらに 他のツアー会社に寄って、ブラジル人ふたり、ジュリアとなんたっけ。でさらに、日系ブラジル人、ひとり。 7名とドライバーとシェフのおばちゃんと9名でトヨタのランドクルーザー。

さて語ることの多い日だ。まず街の近く、機関車の墓場、チリに鉱物を運んでいたと。味のある景色。

つづいて、塩湖のほとり、塩の採掘場、おみやげ各種。

塩のホテル、なにしろまぶしい。ゴーグルしてても、はなはだ明るい。ソルト・フラットという呼び方がしっくりくる。

不毛の地であり、異景の地である。役に立たない、ということが、役に立っているというフシギ。

魚の島、サボテン"カクタス"の島、よく整備されてる。360度、塩と水。

昼食、マッシュポテトなど、うまし。

さらに南へ、塩のホテルへ。夕食、歓談、ホットシャワー、就寝。

夕食の席の話題、ビザのこと、旅先の良かったこと、日本の食や庭などのこと、フィンランドのへんな言葉 "ヴィットエッタヴィトゥッタ"

魚島でイスラエル人の写真をとる。日本人つったら、"I can guess."と言われる。

マルコの"Don't touch my girl."がかっこいい。笑かすけど。

マルコら、外気かなり寒いのに、Tシャツで平気なのがおかしい。 「寒くない?」って聞くと「まさか。おれらマイナス30度の国から来たんだぜ。暑いよ」
16MAR2005, Wed

早朝、朝食後、塩湖のほとりへ。

写真撮影にぴったりに思えた場所を車が素通りしちゃうから、マルコと一緒に1kmほど、そのポイントまで走って戻る。 ひどくひどく息が切れる。が、どうにか日の出のタイミングで到着。いい写真。"Just on time!!"と喜ぶ。

ラマを追いかけるが、追いつかず。おれ、のろい。

フラミンゴ見た。

風に切られた石。

旅行することを、経験値を得ることのように捉えるのが、しっくり来ない。「休暇は旅行して過ごします」くらいがいいな。

赤い湖、つまり赤潮ね。ついでに緑の湖は、つまりアオコね。

集合時刻に関する口論。ブラジル人が各観光スポットで集合するのが遅いことをカティが非難すると、 「君らがなんでそんなに急いでるのか分からない、時間はあるだろう?」という反論。 「私たちは沢山の場所を見るのだし、それを時間通りに回れる、ということにお金を出している」とさらに反論。 「きみらにはちょっとした金額かも知れないが、このツアーの代金は、ぼくらには月給の半分もする」という意見。 考えさせられた。互いの希望するところを、事前によく理解し合えてなかったな、と思う。

夕食、いつもみんな話がおもしろくって。がんばって、持ちネタ、地元でシーカヤック中にデジカメが沈んじゃった話を どうにか英語でしゃべったらウケタ! うれしい。
17MAR2005, Thu

ラグーナ・ベルデから帰るところ。助手席。

今日のこと、5時起床、5時半出発、硫黄泉で日の出、火星みたいな景色見て写真、温泉ぬるぬる、快適。 昼食、ラグーナ・ベルデ、国境近くでお別れ。泊まったとこで昼食、カティらともさよなら。

国境近くで、まだ別れじゃないのに、マルコが「これはおまえにやるよ!」みたいにして、さんざ味わったSNUS寄こすのを 「いやー?まだ一緒だよ」答えたら、やたら照れてる。昼食の終わりころ、はにかんで「そろそろ、これを渡すときが来たようだな」 とか言って。いいやつだった。

なぜかシェフのおばちゃんに「コキモト」と呼ばれ、かわいがられる。

「クラッシュ」てソロの日本人ミュージシャンがデンマークで有名だって。同乗のデンマークの先生の卵な女の子ふたりが教えてくれる。 「それが私たちが日本について知ってる唯一のことよ」てなもんで。 「デンマークは、レゴブロックの国だよね? それが僕がデンマークについて知ってる…」と返す。

そのデニッシュふたりと、教育の話。学級崩壊は日本でも問題か?とか、日本の子どもは一日中ほとんど勉強してるのか?とか。
18MAR2005, Fri

汽車でオルーロへ向かってるところ。1時半発の予定が、6時ころ。ドイツ人一家と、話して時間をつぶす。あ、あとR君と。

マルコにもらったスヌースが効く。1時間半くらいキープするものだな。

車窓の風景、ウユニ周辺と変わらない。

オルーロ

オルーロ着、預けたバックパックが到着しない。駅長室にて説明分からず、スペイン語わかるドイツ人一家はすでにタクシーで去り、 あいさつできず残念。欧米人らしき人と、英語の分かる南米人らしき人に助けられ、状況を把握、ウユニに置き忘れで、 明日、オルーロに着き、ラパスに送る、とのこと。駅長さんの本気な目を信じて、オルーロを去る。

R君と同行、昼食、日替わり定食、Bs.9、わりとうまい。とくにパンが。

ラパス

バスにてラパスへ。15:00発、18:30ころ着。タクシーにて一番ホテルへ。

南雲さんに事情を説明、電話してもらうことに。おおむね思ってた通りの人柄の方、人情があって、色々説明したくて、でも慎重さも感じる人。

日本食「わがまま」へタクシーで。寿司「うめ」を頼む、「トゥルチャ」って鱒の寿司。Bs.56。みそ汁はすごくうまい。 寿司はいまいち、茶とみそ汁で流し込む。

NHK見ながら、うつらうつら。
19MAR2005, Sat

早朝、目が覚めると、やや腹痛、トイレ。朝もトイレ、完全に下痢。

朝ご飯9:00日本食、みそ汁がうまい。鉄道会社に電話通じず、と。

部屋に電話、連絡ついた、11:00にバスターミナルにて荷物受け取り、という話。

バス「27」にてバスターミナルへ。11:50ころ、約束の人物、ペペス氏現る。

青いビニール袋に包まれて、バックパックと再会。大いに安心。

バス「27」にて、一番ホテルへ戻る。小休止。あ、朝、リコンファームして頂いた。4:45に空港へ、とのこと。

市内散策、まず見晴らしたく思って丘へ。腹がシクシクしつつも大いに歩く。遊園地のような場所、Bs.1。 芝生の見晴らしのいい場所で、仰向けで昼寝。

目を覚まし、午後3時過ぎ、ティワナクの博物館へ。Bs.10。

近くのホテルで水便。

買い物、化石Bs.5。マテBs.5を8個。

サルテーニャの店、売り切れ。店を出ようとすると「アイ・サルテーニャ」とかいって店の女の子らが笑ってる。 「ノ・エンティエンド(分からない)」答えると、さらに笑う。どうも察するに「アイ・(アム・)サルテーニャ」と 言いたかったのかな? つまり「サルテーニャは私だから、連れてってよ」だ。まあ、そうゆうことにしとこう笑。

アレクサンダー・コーヒーにて、カプチーノとシナモンロール。おみやげコーヒー一袋加えて、Bs.50。

タクシーBs.4のとこ、Bs.5渡す。帰る。

そいや、路傍のインディヘナに、Bs.0.50あげた。物乞いには恵まない主義だったんだけど、なんか心変わり。

一番、他のお客さん、日本人カップルが来てて、R君とウユニ話を語る。

5年前にポトシで大学生が穴に落ちて死んだらしい。

幽遊白書のアニメ見て寝る。

あ、宿の旅帳みたいの書いた。

精算、Bs.200プラスUS$12。
20MAR2005, Sun

3時過ぎ起床、身支度して4時にパンとコーヒーを頂きタクシーで空港へ。Bs.45÷2。

アルパカのマフラー2つ買う。ひとつは母さん用。$45。

バーガーキングでオレンジジュースBs.5。これで残金Bs.5。

ラパス発、ボディチェックにて、ちゃんと靴を脱ぐスペースがあってありがたい。

そいや、マイアミは海岸近く、$35くらいで泊まれて、景色とかいいらしい。

サンタクルス、出発遅れて、13:30。

ゲバラ日記、読了。

マイアミ

マイアミ着、シャトルバスにて、コンフォート・インへ。フロントカンジ悪い、聞き取れない単語を連呼してたのは、 中国語でパスポートと言われていたらしい。わからんて。

シャワーがぬるい、テレビ見て就寝。

灯りの点け方が分からず、難儀した。
21MAR2005, Mon

3:15起床、4時シャトルバスに乗って空港へ。

Eチケットということで、モニター操作して荷物を預ける。

ほぼ定刻通り、マイアミ発、ひどく眠い。

トマトジュースうまし。

ヒューストン

ヒューストン着、とくに出国カウンターは通らずに、E7ゲートに着、おみやげ、計$36.56、ミニッツメイドのルビーグレープフルーツ$1.83。

カストロによる序文を再読中、「戦わないための口実は」印象が強い。

TVニュースのTerri Schiavoって誰だろ?

12:30ヒューストン発。